知る者無き知?

 その昔、マルクス先生はいいました。「フィヒテ流の哲学者のように、我は我であるといって生まれてくるわけではないのだから、人は社会を鏡として云々」さすがに悪態をつかせれば右に出るものはないという名手だけに、見事な切れ味です。
 この一節、結構有名、だと思うのですが、おかげで割を食ったのはフィヒテ。我は我であるなんていかにも観念論的に肥大した自己意識の産物みたいですし、ちょっとかじってみてもA=Aとか、なんのこっちゃ、っていうか当たり前?というような話が目について、ちょいと馴染みにくいお名前でした。ある時までは。

 「意識の純粋な前-主体的流動、非人格的で前反省的な意識、自己なき意識の質的な持続」("Immanence:une vie...", dans Philosophie, no.47(septembre, 1995), p.3)

 ドゥルーズの美しい一節です。これが、自己措定という絶対的過程を、主客の対の彼方にあるひとつの生の流れとして考えようとした後期フィヒテとの関連で書かれたもの、と知ったとき、はい、ちょいとばかりフィヒテを勉強しなおさねば、と決意したのでした。人間、まことにもっていい加減なものでございます。

 とはいえ、後期フィヒテ、うーん、どこの辺の話だろう、というところから悩まなければならないのが素人の悲しさなのですが、とりあえず見つかったところからやってみよう、ということで、『ベルリン大学哲学講義』から。『フィヒテ全集』の第19,20,23巻がそこにあたりますが、このなかでも特に『意識の事実』と題された講義二編を取り上げてみましょう。第19巻が1810年の、第20巻が1813年の、同表題を付された講義を収録しています。
 時あたかもナポレオン戦争の真っ最中。フィヒテも、行く先々がナポレオン軍に陥落させられて、また転々、という運命を繰り返します。ちなみに、従軍看護婦として働いた奥様はこのときチフスをもらって帰ってしまったらしく、なくなってしまいます。そしてその奥様を看護したフィヒテもまた、亡くなってしまった、といいます。『ドイツ国民に告ぐ』のいかめしい哲学者像とはちょっと違う、いい話です。もっとも、その保菌状態で講義を数回行っていたわけだから、一番前に座っていた学生あたりは災難だったかも、とか思ってしまうあたり、やっぱりダメ人間なわたし、ですが、まあ余談はさておいて。

 では最初に、一発強烈なところから引用してしまいましょう。


「自我はこの思考において思考する」などと言うことはけっしてできない。というのも、後で示すように、この思考への反省(Reflexion)によって初めて、自我は自己自身に達するからである。むしろこう言わなくてはならない。すなわち、「この思考そのものが、自立的生として、それ自身からまたそれ自身によって思考するのであり、この客観化する思考なのである」、と(第19巻、41頁)

 そう、ですから、そこにあるのは、「唯一なる生」だけです。この自立的生が、何らかの形で思考と呼ばれるものを生みだし、それがある一点で自己言及的に自らを直観する、その運動の過程を経て、自我は生まれてくる、そうしたイメージが描かれています。「自我が思考され、これによって初めて自我の存在が思考に与えられる。」(第19巻、57頁)

 ですから、自我は少なくともここで「我思う」の座からは滑り落ちることになります。実際、この講義のなかでもフィヒテはそれをはっきりと述べています。「なぜなら私は決して存在するのではない、それ故私は模写されたものに過ぎないからである。むしろ真であるのはただこうである、私は映像である、思惟し・意欲し・実行する自我の映像以外の何ものでもありえないと。」(第二十巻99頁)そうすると


私は、「唯一なる生がその一性においてこの思考のなかで自己を表現する」と言っている。ところが、個体としての個体は、一における生ではなく、一としての生の一断片でしかない。だから、「個体としての個体があの思考を思考する」と言うわけにはとうていいかない。(第19巻、108頁)

 おのずとそういうことになってきます。
 では問題は、この思考、ってなんだろうということ。フィヒテは言います。唯一なる根本的生が図式の中で自己を、その一性において表現する。この表現は思考である。この思考は生の絶対的自己表現であり、絶対的思考である、と。つまり、思考は生が持っている力そのもの、ないしはその力そのものの発現としてとらえられているということです。つまり、思考とはつねに外部に向かって、何かを立てるbildenする作用です。あるいは、ニーチェ以前にここまで力という言葉を多用した哲学はなかったかも知れません。

 でも、実際には我々は、我々の見るところどうも個々人という分離された諸個体の間で、それぞれ独自に、その内部で思考というものを展開しているような気がしますね。これはどうするのでしょう?
 フィヒテは言います。


自己を表現するものは唯一なる生であり、この生はその在るがままに自己を表現する。それゆえ、生の表現は完全にそれ自身と一致している。もっとも、生は二つの形式で自己を表現する。すなわち、もろもろの絶対的原理が措定されるかぎりでは、思考を通じて自己表現し、また、有機的に組織されたもろもろの肉体が措定されるかぎりでは、直観を通じて自己表現する。しかし、この二つの形式において自己表現するものは、同じ唯一の自己表現なのである。それゆえ、二つの形式は内容的には一致しなくてはならない。(第19巻、115頁)

 さて、この二つの表現形式がなぜ存するか。そのことについてフィヒテははっきりと述べているようには思われません。というか、ものすごく一生懸命説明してくれてはいるのですが、全体にこの講義恐ろしく難解なのです。。。しかし、ここでは一つ手がかりを指摘しておきましょう。
 内的生の自己表現の行き詰まりとしての個体化、そんな風に考えてみることは出来ないでしょうか。生は自己をその一性において表現し、生はまさに生であるがゆえに力です。ですから、生は外的に、また外的直観のうちで自己を立てるものです。つまり、これまで述べてきた思考は自己外化にほかならず、だとしたら生のこの力は思考のうちにありながら、全く不可視のままに留まり続けるべきもののはずです。いつの世もそうであるとおり、力はその作用の結果は見えても、力それ自体は見えないのですから。にもかかわらずこの力がこうした思考のうちで表現されなくてはならないとしたら、この力はそれに対抗し抵抗する対象のもとでのみ外的に表現されるからです。つまり、生の力が完全に展開したとしたら根絶されることになるもののもとで、表現されているがゆえに、可視的なものになる、ということです。このあたりは、かつてのフィヒテの自我論とりわけ障壁Anstossといった概念あたりの名残を感じさせますね。ついでにいえば、この文脈を押さえておけば、ジジェクフィヒテの障壁概念を対象aと関連づけていたことが良く理解できるようになります。
 つまりは、これが内的世界です(第19巻120-1頁)。逆に言えば内的世界と自然(制限としての)はつねに同時的に発生するものである、ということになります。それが自我に従属する自然という意味であり、自我が絶対者という意味ではない、とフィヒテは言います(第19巻122頁)。うん、かつての誤解が解けて良かったですね。

 ですから、個体は実際には唯一なる生として働くものなのです。つまり、個体の自己規定とは一なる生の力として、しかしそれがある客観的な外的力に自己を投げ出すことにある、ということになるからです。思考にとっての異物である個体の物質性が、逆に思考そのものを思考の対象のレベルに引き落とすことになります。それが自己を投げ出すということです。
 つまりは、結局のところ唯一なる生が一者に、自己自身に働きかける、という図式は変わりません。こうして唯一なる生が自己自身を意識せざるを得ないと言うことが説明される、とフィヒテは言います(第19巻134頁)ですから、この自己自身を意識するという出来事、この出来事が起こった数だけ、反復された数だけ、個体が存することになります。個体とは思考の自己直観の反復である、ということになりましょうか。
 これは同じものの反復であり、その反復回数分がその分だけの分離を作りだすことになります。そして、この変化は一者の反復でありながら数によってこの一者から分離されたすべての個体に知覚され、その世界直観をも変えることになります。フィヒテの面白いのは、ここから思考の伝播とでも言うべき現象を説明しているところです。こうして一人の内的な絶対的自由が万人の直観を変化させ拘束することが出来るか説明される、とフィヒテは言います(第19巻135頁)
 少々長くなりました。続きはもう一回分ほど、次回に回しましょう。