風が吹けば桶屋が

 儲かると昔の人はいったそうですが、日本国民にとってはそれどころじゃない明確で濃厚な因果関係で結ばれたアメリカ大統領選挙。どうやらブッシュがここへ来て支持率を上げているようです。

ブッシュの支持率急上昇

 もちろん党大会の成功のおかげなのでしょう。でも、成功の要因を何処に見いだすかはさまざまです。ですが、その予兆はありました。ケリーの軍歴に関するネガティブ・キャンペーンが思いのほか効いていた、というのがそれです。

ケリーにたいする中傷広告

 インチキ占い師のようなことをするのはなんですし、この時点で言いだしても微妙に後出しじゃんけん。それにこの先まだまだどうなるか分からないし、とは思いますが、この話を聞いた段階で、漠然と今回もブッシュ勝つんじゃないかなあ、と思ったのです。

 理由は前回の大統領選にまで遡ります。ご承知のような大接戦でブッシュが結果的に勝ったわけですが、そのとき、わたしはジジェクイデオロギーの崇高な対象の165ページ前後で指摘していたことを実感したのでした。
 ジジェクはそこで、オーストリア大統領選の実例を挙げて、こう解説しています。人が同一化する対象はかならずしもポジティブな対象であるとは限らないと。この選挙戦は、大統領候補のヴァルトハイムが過去ナチスと関係をもっていたという疑惑の経歴を持つ人物である、ということをどう評価するかがひとつの大きな争点となっていました。もちろん、左翼側はそこをついてきました。ヴァルトハイムは過去との関係を清算していないご都合主義の怪しげな人物で・・・。で、当選したのはヴァルトハイムでした。なぜなら、過去との関係を清算していないご都合主義の人物とは、選挙民たるオーストリア人そのもののことでもあったからです。そうジジェクは指摘します。そして、これをもって「人間はネガティブな対象にも同一化する」と論じます。

 で、このときブッシュはどうだったでしょう。父親は空軍の英雄、じぶんは兵役拒否まがいの経歴の持ち主。父親は経営者としても政治家としても優秀。自分は企業をいくつも潰した上に、アル中。上げればきりがありません。典型的な不肖の息子、父を超えられない息子です。その点、対立候補だったゴアは、同じくエリート政治家だった父親の期待通りであったろう、まっとうな経歴と知性の持ち主。

 ここでジジェクの法則が発動します。いつまで経っても父親を超えられない不肖の息子、それは今のアメリカ国民そのものです。特にヒッピー世代以降、現在50代以降くらいの男性有権者。ですから、ブッシュの経歴がゴアとの対比で惨めであればあるほど、不肖の息子同士の暗黙の共感でブッシュに票は流れたのだろう、そう当時感じたものでした。

 今回はどうだろう、というとき、ケリーにあのネガティブキャンペーンの、思わぬ有効性が気になりました、で、内容を見てみると、要するにケリーが軍功を詐称したとかいうのではなく、ケリーが戦後にベトナムでの米軍の蛮行を告発した、ということに対する怒りが語られているCMなのですね、あれ。逆ギレじゃん、と思いますが、まあそこはアメリカ人。なにがあっても驚きますまい。ここで問題なのは、そう、アブグレイブ刑務所、キューバグアンタナモ基地ほかでの米軍による捕虜虐待事件です。

 いちおう建前上はこの事件、国際的非難を浴び、一般のアメリカ人はそれに強い衝撃を受け、ブッシュ政権は速やかにそれに対する適切な処置を行い・・・ということになっている、はずなのですが、このケリーへのネガティブキャンペーンを見て思ったのです。アメリカの有権者はこのことを反省しているわけではなく、むしろ適当に大義名分のつきそうな処置をしてあとはほっかむりのブッシュ政権の施策を支持するメンタリティを持っているのだと。ですから、ここでケリーほど憎むべき相手はいません。彼は過去に、米軍の虐待を告発する行動を起こしました。今回も同じことをされたら?大問題です。ですから、ジジェクの法則はここでも同様に有効で、ヴァルトハイムのケースと同様に、ここでも米軍の蛮行という事実に責任がありながら適当にほっかむりをしているブッシュに、アメリカ国民は同一化しているのだろう、と考えることが出来ます。

 まあもちろん、一事を以て万事を説明したがるのは精神分析理論、とくにラカニアンの悪い癖ですので、ここでは無茶苦茶根拠があって正当な主張で、ほんでもってぜったいブッシュが再選するね、なあんてことまでいうつもりはありません。ですが、中国の哲人にならえば、一事を以て万事の兆しを知ってもいいわけで〜、ということにして、なんとなく予想してみるくらいのことは悪くないかもしれません。

 でもそうすると、問題はなぜ否定的なものに対して同一化するのか、ということになってきます。ここはヒステリー的同一化の要点でもありますが、またいずれ説明してみたいと思います。