飲む打つ買う

 その昔、楽器が上手くなるコツは?と聞かれたヴァイオリンの名手の先輩が、「酒女博打」といっておりました。「そうは言うても、あいつ、あんまもてへんのやから女はないな」とからかっていたのはチェロ弾きの先輩。まあ、この教えが正しいのかどうかは別として、この場合の打つは当然博打を打つの打つです。
 ですが、その昔「ヘルメスの音楽」で浅田彰氏が「打つことが出来ない」と書いていたのは、まだ子供だった読書当時も、元ネタになったバルトや、あるいはパンゼラあたりの録音を聞くことが出来るようになった今も、よくわからないのです。「ポリーニは打つことは出来ない。恐ろしく凡庸な優等生のアシュケナージはもちろん、老練なブレンデルも、ルービンシュタインすら・・・」うんぬんという文章だった記憶がありますが、原本もどっかにいってしまったので、思い出すこともままなりませぬ。

 まあそんなこともとうの昔に忘れてしまって今に至るわけでしたが、この言葉を思いだしたのは、ナクソスのウェブラジオでコルトーの演奏するシューマンのピアノ協奏曲を聴いたときのことでした。

 知っている方も多いかと思われますが、ナクソスはクラシックの廉価版のレーベル。一枚1000円均一です。「大演奏家が入れ替わり立ち替わりおなじみの名曲を」式のレコーディングのせいで、ちっとも入手できないマイナーな小品が、「基本的にはその作曲家の全曲の録音を目指すため、出来るだけ重複は避ける」というポリシーのこのレーベルなら手に入る、というのが、わたしが最初に興味を持った理由でした。有名な作曲家でも、ちょっとマイナーな曲だと録音って案外ないのです。演奏家も強烈なかたは余り居ませんが、その堅実さと1000円というお値段とのバランスで、それなりに利用しておりました。
 その後、権利関係が切れているおかげでしょうか、安く製作できるのでしょう、歴史的録音の復刻も手がけるようになって、利用の頻度は飛躍的に上がったのですが、ちょっと感動したのはそのサイト
 このサイトは(最近では曲の25%の長さまでという制限付きですが)同レーベルで発売された作品がすべて聞けるのです。$19支払えば全曲聞き放題。そして、「基本的には網羅的に全曲を録音していくことを目指す」という方向性のゆえに、ある意味で「クラシック音楽の百科全書」的なサイトになりつつあるのです。ちなみに、ナクソス・ウェブラジオは$9。流しっぱなしに出来るのでこちらも重宝しています。
 個人的に、その百科全書的な偉業にちょっと感動してしまったのですが、まあそれはそれとして、そんなある日コルトーの例によって奇々怪々というか、いやよいやよも好きのうちというか、それにしてもここまでやりきったのは例がないであろう演奏を耳にすることになったのでした。とにかく、この繰り返しの多い三楽章の変奏がどの繰り返し一つとして同じ弾き方をしないでめまぐるしくテンポもダイナミクスも変えながらきらめいていくのです。
 伴奏も面目躍如というところで、このLandon Ronaldさん、この当時のEMI系の録音の伴奏指揮者という以外とんと存じ上げないのですが、まあ良くつき合って付いていく付いていく、こちらも見事な芸です。ときどき危ないけど。いや結構危ないけど。

 しかし、なにはともあれ、三楽章冒頭。馬鹿馬鹿しいまでにコルトーは左手を鳴らします。低音の強めの録音とはいえ、これはない。もう割れ鐘のような馬鹿打ちです。良いのかコルトー。どこにいくんだコルトー

 でも、シューマンはたぶんこれで良いのです。これを見たとき、わたしは「アート・オブ・ピアノ」コルトーを思い出しました。ここでのコルトーは、本当に歌うようなフレージングの手本を、生徒に見せているところでした。かれのフランス語を聞きながら、ああ、この人のピアノはフランス語で歌うのだ、と痛感した記憶があります。そして、シューマン。本当に一度たりともコルトーは繰り返しを同じようには弾きませんでした。そして、ここぞというところで低音をバカ弾き。もうそこここで破綻しきっていますが、しかし、とても素晴らしい。

 素人が音楽のことだけに、つまらん感想を書いて、挙げ句の果てにそれを公開の場に晒すなどということは、あんまり意味のあることではないので、なんとか一応本業の方のネタも、と思ったのですが、あんまり思いつきませんでした。病跡学は得意ではないのです。病跡学的には一杯ネタもあるのでしょうが。
 というわけで、とりあえず、ナクソスの素晴らしい偉業の紹介かたがた、ということで、ひとつ。。。

 そんでもって、あまりに大爆笑してしまったコルトー先生の偉業に対しても。