声の記憶

 さて、前回、前々回と、信じるという言葉の使い方二種に対するラカンの考察を検討し、補助線としてフロイトおよびラカンのいうパラノイアの構造としての他者への不信、という話をしてきたのでした。

 さしあたり問題は、「精神病においては、主体は諸々の声・・・に対して信を置いています。声に信を置いているだけでなく、声を信じているのです。」という信のあり方の問題と、《他者》への不信というフロイトの、どう一緒になるのさ、というところでしょう。でも、答えそのものはフロイトの言及の中に既にありますから、あまりややこしいことはありません。繰り返せば、草稿Kでフロイトは、パラノイアにおいて声の意義や身振りの意義、話の口調や当てこすりが重要になる、つまり患者にそれが持つ特別な意味が信じられるに至るようになるのは、この「非難に対する信用の拒否」とそれにともなう「投影の機制」により、話の内容から抑圧された記憶への直接的な連関が意識可能でなくなるからだ、と述べています。ですから、あるところに不信が行くから別のところに信が過剰に出回る、とフロイトは述べていることになります。非難というのはとても後年の超自我を思わせる言葉ですが、ここでは「非難への信用」を自己への再帰性、そして自己を否定しても自己は存在していることの可能性、ととりましょう。
 そんなわけで、やはりPour y croire, on la croit.というのは、とても美しい定式なのではないかと思うのです。そして、対照的に精神病においてはNon seulement le sujet y croient, mais il les croient.と、重点の置き具合が逆になっているということも注目してしかるべきでしょう。つまり、最終的には行き先が違うのではないかと。極論すればy croireの対象は原初的な《他者》であり、そしていささか逆説的ですが、この《他者》は信じられてるときはそこに現前せず、現前しているときは信じられていない、という特徴があります。ジジェク風にいうと、モノとの適切な距離、とはこのことであり、ラカン風にいうと《他者》つまり大文字のAに斜線が引かれるのもまたそのためですが、こういう物言いはわかりにくいですから、実例を挙げましょう。

 よく言われることですが、キリスト教で悪魔とされている存在は、もともとは土着の神だったと見られています。それが、キリスト教に追い出され、汚名を着せられ、悪魔になっちゃった、と。でも、誤解してはいけないのは、今やかれらは本当に悪魔だということです。ぬれぎぬを着せられた可哀想な善人(人じゃないけどたぶん)ではありません。神様は一旦共同体の中でその地位を失ってしまうと、その持っているとされる力を共同体の成員との間に適切に関わらせることはできません。みながよく知っている絵は、たぶん森繁久彌、じゃない「もののけ姫」の荒ぶるイノシシの神様こと乙事主さまでしょう。おおくの伝統的な治療師がいまではかなりの場合インチキな拝み屋であるのも同様です。ついでにいうと、父権の復権とか騒いでいるひとたちによって行使される父権も似たようなものになるでしょう。王様は皆がえらいと思っているから王様なのであって、一人の男がどんなに強くなってもただのDVオヤジにしかなれません。っていうか、核家族を自明の前提と見なしながら父権を要求するなんて虫がいいにも甚だしい、家族どころか一族、それを通り越して郎党から村の若者まで養う責任あってことの父権でしょうに、と思うのですが、まあちょっと話が脱線しすぎ。

 このように、《他者》は一度最初に信じられてしまえば、もうそこにいなくても構いません。というか、居たらむしろ困るかもしれない。現実はことごとくイメージダウンなことしかしないし。そんなわけで「死んだ父」なのであり、誰もその現前はたいして考えていないのです。ところが、信じられたことがない《他者》はいつでもそこにいます。それゆえに、ある意味その現前は信じられている。ただし、ただの不可解で凶暴な力として。ですから、意味を欠いた声、身振り、口調、という意味でのラカン的な「声」も、そしてそれを発する存在も信じられることになります。そういえば愛の記憶って声音とか口調とか身振りとかしか残らないよなあ、という気もしますが、これは個人的偏見かもしれません。。。

 逆に、愛においては、このy croireの差し向けられる相手である、《他者》としての、性的《他者》としての女性には不安定性があります。ラカンにならえば「非関係性という事実の還元されていく先であるこのy croireという不安定さ」。この不安定さを通り抜けていつかはy croireに、愛の狂気にたどりつくため、つまりはそこにうがたれている否定性の穴をふさぐためにla croireがもちいられている、その事をラカンは栓といったのではないか、とさえ思うのですが、ここまではちょっと考えすぎかもしれません。

 とはいえ、この否定性の穴という言葉を連想したのは根拠のないことではありません。じつは、この信頼ということについては、ビオンが面白いことをいっています。ビオンの記号法では(そう、こういう困った人はラカンだけではないのです)もともともの自体という意味でのObject in itselfを意味していた、Oへの信頼という言葉が見られます。(Attention and Interpretationの第三章ですね。)この失われた対象に対する信頼を、ビオンは不在のものno-thingという形で表現していましたし、そこへの信頼の行為act of faithが必要であるとも述べていました。はっきりとフロイトを引用したラカンに比して、ビオンがここでどこまでフロイトの「隣人への信頼の差し控え」という言葉を知っていたのかは定かではありませんが、見事な一致ではあります。さすが同業者。というか、個人的にはフロイトの初期草稿(ビオンの場合は、ビオン本人の草稿ではフロイトの草稿[ああややこしい]を使っている場合も結構ありますが、出版されたテキストではメインの対象は「精神現象の2原則に関する定式」でしょうか)をなぞって心的装置論を再構成した数少ない、もしかしたらただ二人の人間、と思っているのですが、どんなものでしょうか。

 このことがはらむ問題は単純ではありません。ディスクールとの関連を論じたラカンも恐らく同意してくれることでしょうが、この種の「《他者》への信」の不在は、不在の概念化そのものを難しくします。不在というと何ですが、ビオン風にいえば否定的なものnegativity、ということになるでしょう。フロイトからの援用でいえば、草稿Kの一次的非難、という奴ですね。つまり、われわれはひとさまの意見を吟味するというとき、それが他者にとってどのレベルでの否定なのか考えなければいけないということです。端的に言えば、それは排除なのか否定なのか、ということであり、排除にならない否定を双方がともに使いかつ受け入れるようになるためには、それ相応の準備が必要なのです。

 Pour y croire, on la croit.このとき、最初の一歩としてのla croireに対する否定は、そのまま排除として意識されてしまうものなのかもしれない、と私は思うのです。そして、それがy croireにまで達したとき、今度はla croireに対する否定は、普通にいう意味での否定と、つまりその存在を受け入れた上での否定として受け取られることができるのではないか、と思うのです。

 まあ、オチはなんとなくクライニアンっぽいオチになってしまって、もひとつ斬新さには書けますが、まあさしあたり、信じるという言葉の二つのレベルは、フランス語では(ラカンの曰うには)動詞の文法的性格の違いのレベルで存在しているし、そのメカニズムそのものはラカンを超えてひろく(特にクライニアンの流れで)受け入れられるものではないかなあ、と思います。
 困ったことに、日本語でこの二つを上手に区別するような明示的な文法的差異あるいは言い回し慣用表現の違いがあるかどうか、ちょっとまだ見いだしかねています。もしかしてこのへん綺麗に見つかれば、ひとさまにこちらのスタンスを分かって貰うときも楽なのになあ、と思ったり。

 まあそんなわけで、今回の教訓は、もう一冊いい文法書を買え、ってことなのですが、それはまたべつのはなし。。。