輝くnorthern lights


 ことしも新茶の季節。

 近所の神社のお祭りが終わって、新茶が出始めると、すっかり初夏の気分です。
 それなりにちゃんとしたお茶を飲んでいるつもりでも、この時分、新茶をあけるときだけは、いままでなんてがさつなものを飲んでいたのだろう、という気になるものです。いや、この時分が終わったらまたお付き合いしなければならない彼をあんまりわるく言うと、あとあとまた悲しい思いをすることになるので、彼は彼なりに良いところがあった、ということにしておきますが。適度な渋みと乾いた口当たりが、とか。

 さて、同じように、本というのも旬がありまして、昔読んだはずの本でも、改めて読み直すと、あらこんな味だったかしら、というきもちになるときはちょいちょいあるものです。今回はじつは、アガンベンの「例外状態」について触れるつもりだったのですが、その前にシュミットとシュミット関係の手持ちの文献を見ておこう、と思ってあれこれ引っかき回していると、いろいろと面白いことに気づかされました。気づかされたのは主としてこの本。臼井隆一郎編「カール・シュミットと現代」(沖積舎、2005)に所収の、とりわけシュミットの言語論を扱った諸論文。なかでも、シュミットがドイブラーの『北極光』を論じた論考は、とっても面白そうなのです。

 シュミットの言語論かあ、しらんかったわ、みんな知ってるのかしらもしかしてもの知らずなのは俺だけ?で、ドイブラーって誰?北極光ってオーロラ?とか、いろいろ寝ぼけたことを考えていたのですが、その流れで手持ちの文献を引っかき回していると、なんのことはない、ニコラウス・ゾンバルト「男性同盟と母権制神話 : カール・シュミットとドイツの宿命」(田村和彦訳、法政大学出版局、1994)でも「第六章 デオドーア・ドイブラーの『北極光』」と題された章があるではないですか。だいぶ前に読んだ本ですが、そのときは、このあたりのはなし、ちっとも気にとめず。困ったものです。この辺をふまえておくと、アガンベンが思いつきのように言語と法を比較している箇所のふくらみがだいぶ変わってくることもありますが、何よりもそれ自体面白い、とっても面白いので、ちょっと紹介しておきましょう。
 でも、いかんせん『北極光』もそれを論じたシュミットのTheodor Daublers "Nordlicht": Drei Studien uber die Elemente, den Geist und die Aktualitat des Werkes (Berlin: Duncker & Humblot, 1991)も当たれておりませんことはあらかじめお断りしておかねばなりません。というわけで、以下は、上述のシュミット論集に収められた、ガブリエレ・シュトゥンプ『救済を詩的言語に求めて カール・シュミットと文学』(臼井隆一郎訳)の紹介にまるっと乗っかっております。

「大地が太陽から遠くに投げ出された太陽の一部であると想像するならば、大地はその内部に火の核を有していることになる。この核が地殻によって太陽のほうへ押し戻されることにより、動物の、そして植物の生が成る。樹木、獣、人間、これらはみた太陽の火花であり、大地から太陽のほうへと突き出すのである。」(Nl 11)
「生とは<火の過程>である。」(Nl 14)

 はい、のっけからこんな感じです。ストア派シリーズの続きみたいですね。

 シュトゥンプさんもいうように、これはシュミットがドイブラーの詩を解説したものなのか、それとも彼自身の哲学の投影も多分に含まれているのか、少々難しいところではあります。つうか、まず、ドイブラーってだれ?というわたくし。テオドーア・ドイブラー、1876-1934、トリエステ生まれの詩人。この『北極光』という詩篇は、1910年発表、1916年出版、3万行1000頁超。うん、えらいこっちゃ。読むのはやめよう、と決意させるに十分です。時代はちょっとずれるけどマーラーと被らせると良い感じなのかしら、という雰囲気でもありますが、というのも、ゾンバルトの前掲書によると、シュミットは15歳当時のゾンバルトにこの本を手渡しながら、「ドイブラーは壮大な大河で、その中にありとあらゆる物を運んで流れていく。ブリキの罐やら、死んだ猫やらをね。−−−だがこの河はドイツ詩の至純の黄金も運んでいるのだよ。」(150)と述べていたのだそうです。ネコの死体、う、このブログ的には不吉。しかし、もしハイデガーヘルダーリンの代わりにドイブラーに出会っていたら、ハイデガーはドイツ最大の言語哲学者になっていただろうに、と論じるくらい、評価は高かったというのですから、結局褒めていたことは確か。


 まあそれはともかく、この評は、わたくしにはなんとなくマーラーを思い起こさせます。シュトゥンプ先生も、多くの陳腐な表現、趣味の悪さがつまっているこの詩を今日まともに論じようというのはちょっと、、、みたいなことを書かれているくらいですから、たぶんその悪趣味は本物なのでしょう。しかし悪趣味のごたまぜも行き着くところまで行き着いて、内的連関性とスケールを伴うようになれば、それはひとつの世界となる、ということは、マーラーが我々に教えてくれたとおり。読んでもない詩人について云々するのもなんですが、まずはそんなイメージで入ってみましょう。

 生前のシュミットは死の直前、ゾンバルトに向かって「北極光論を読まないものは私について語る資格がない」と語っていたくらい、この論考には思い入れがあったというのです。執筆当時シュミットは二八歳。この作品に漂う、濃厚なロマン派的気配は、同時期の作品、『政治的ロマン主義』とはあきらかに矛盾します。わたくし個人も、そっちのほうのイメージが強烈だったこともあって、そういったロマン主義的、ときにダダ的なシュミットがいたこと、そのことをゾンバルトが紹介していたことなど、まったく忘れていました。しかし、当時のシュミットは、こうした神秘主義的、あるいはオカルトチックな文学系サークルにも足を突っ込んでいました。意外なことに。道理で内情に詳しいはずだ、裏切り者、というとこでしょうか。ゾンバルトによれば、少壮の員外教授として、ボヘミアン的な友情の圏域、グノーシス的光彩を放つ詩の魅惑から身を離し、政治学者として男性社会の政治の場に生きることを決意したことが、この両作品の乖離の深層である、ということになるのですが、その是非はとりあえず脇に置いておきましょう。

 とはいえ、ここで抑えておくべきことは、媒介と無媒介という問題設定が、シュミットのなかに占めていた重要性です。媒介の時代においてのみ、人間にとって手段が本質となり、国家が枢要なものになり、そしてヘーゲル的思考はこの時代に限り有効となる、とシュミットは考え、そしてまたシュミット自身も、自らを媒介性の弁護士と名乗っていたとゾンバルトはいいます。だが、無媒介の時代には直感的思考が主流をなすというアイディアが、その裏面。そして、ドイブラーの著作はそのなかでも飛び抜けて無媒介的な現象として称揚されている、とゾンバルトはいいます(149)。

「海から遙か遠くに発し、数々の障害を乗り越えて流路を求める泉だけが大河となりうる。しかし無媒介的な人間は、目立たないせせらぎから滔々と流れる大河にいたるまで、水という水がどれも結局は海に注ぎ、その無限無窮の懐で安らぎを得るのを知っている。」(『国家の価値と個人の意味』)


 そう、なんとなくシニフィアンというハイウェイ、というラカンの設定を思い出させますね。ファルスは、この場合みごとに媒介の論理に寄与するものです。

 さて、(どうも知らないのはわたくしだけだったらしいことが哀しいといふ)こうした無媒介性のロマン主義者としてのシュミット、それを紹介したところで今回はおしまい。次回は、本題、っつうかその展開を見ていくことにしましょう。